【海外不動産による節税】会社員の個人所得税の考え方⑦【減価償却費の赤字は通算不可に】
前回の税金カテゴリーの投稿では、「不動産所得」における、「減価償却費」の「課税の繰り延べ」による節税効果と、「デッドクロス」の軽減方法について、学びました。
<参考記事>
【不動産所得のデッドクロス】会社員の個人所得税の考え方⑥【税金支払いを軽減するコツ】
今回は、「不動産所得」の応用編として、海外不動産を用いた節税策に対する規制について、語りたいと思います。
僕が居住する、NY郊外Westchesterは、優良な住宅地で、日本人の駐在員が、多く住むエリアです。日系不動産仲介業者を利用して、賃貸物件を探すと、日系業者の「管理物件」が、多数存在することに気付きます。
<参考記事>【まとめ】駐在員家族のニューヨーク郊外物件の選び方【夢のような生活のおすすめとコツ】
「管理物件」のオーナーは、ほとんどが日本人で、純粋に、米国不動産市場からの利益を目的に投資する人もいる一方、日本の税制を利用して、節税効果を狙って投資する人もいます。
なぜ、海外不動産投資が節税になるのか、そして、日本の税務当局が、そのスキームをどのように規制しようとしているのか、以下で解説したいと思います。
海外不動産投資による節税
海外不動産投資により、節税効果が生じるのは、多額の「減価償却費」の計上により、「不動産所得」が赤字となり、「損益通算」することで、「給与所得」などの他の所得を、圧縮することができるためです。
また、「減価償却費」による節税は、「課税の繰り延べ」であるため、通常は、「デッドクロス」により、将来の税金が増加してしまうのですが、税率差を利用することで、「デッドクロス」の影響を軽減する手法も、活用されています。
減価償却費による不動産所得の赤字
収益性不動産を購入すると、建物や設備部分については、耐用年数にわたり「減価償却費」を計算し、毎期の「必要経費」とします。
新築の木造物件であれば、法定耐用年数は22年となるものの、中古の木造物件の場合、「(22年-経過年数)+ 経過年数 X 20%」との計算式で、償却期間が決定されます。築22年を超える物件であれば、償却期間は4年となります。
つまり、「築22年超で建物に価値が残る物件」を購入できれば、償却期間4年で、建物を「減価償却」し、「不動産所得」で大きな赤字を計上することができます。
「築22年超で建物に価値が残る物件」を日本国内で見つけることは困難なため、アメリカなど、古い木造物件でも、建物に価値が残る国で、物件が物色されています。
不動産所得の損益通算
「不動産所得」が赤字となる場合、「給与所得」などの他の所得と、「損益通算」が可能となります。
例えば、高所得の会社員であれば、「損益通算」により、高い累進税率が課されている「給与所得」の圧縮効果があり、確定申告を通じて、源泉徴収済の税金を取り戻すことができます。
累進税率は、最高で、所得税・住民税合わせて約55%にもなるため、「不動産所得」の赤字を「損益通算」することで、多額の現金を取り戻すことができ、高所得者にとって、非常に魅力的な節税スキームとなっていました。
税率差を利用したデッドクロスの軽減
前回、詳しく解説した通り、「減価償却費」の計上は、「課税の繰り延べ」に過ぎず、いずれ、「デッドクロス」が到来し、税金支払いが増加します。
償却期間が4年と短ければ、物件取得初期の節税効果は大きいものの、その後、「デッドクロス」が早期に到来し、税金支払額が大きく増加してしまいます。
この点、早期の「減価償却費」により、高い累進税率で節税メリットを受けたあと、物件の売却により、低い税率で、「減価償却費」累計額相当の売却益として課税されると、「デッドクロス」の影響は、軽減されます。
特に、5年超保有の「長期譲渡所得」となれば、売却益に対し、約20%の「分離課税」で済むことから、先に高い累進税率で得た、節税メリットと比較し、税金支払いの増加は、限定的となります。
ただし、税率差で得たメリットを超えて、売却価格が下落し、売却益が縮小してしまうと、トータルで損をすることになるため、アメリカなど、不動産マーケットの安定した国の物件が、好まれる傾向にあります。
海外での税金
海外不動産に投資すると、日本のみならず、現地国でも課税関係が発生するため、両国の課税関係を総合的に判断し、節税効果を測る必要があります。
例えば、アメリカでは、「非居者」であっても「米国源泉所得」は、米国で申告・納税義務があり、不動産所得は、「米国源泉所得」の典型例となります。
<参考記事>【まとめ】アメリカ駐在員の日米での税金【二国間での課税関係の最適化】
海外不動産投資による節税の規制
2019年12月に発表された税制改正大綱に、海外不動産の「減価償却費」による節税の規制が、織り込まれました。
詳細は、今後、法文化される予定ですが、2021年(令和3年)の個人所得税の申告から、「減価償却費」に起因する赤字の、「損益通算」は認められない方向です。
規制内容
税制改正大綱では、個人の所得税計算において、「国外中古物件」から生じる「不動産所得」が赤字となる場合、その赤字額のうち、「償却費に相当する部分は、生じなかったものとみなす」とされています。
つまり、「減価償却費」を多額に計上することで、「不動産所得」を赤字とし、「損益通算」により、「給与所得」などに課された税金を取り戻す、という節税スキームに、規制がかけられることになります。
「償却費に相当する部分は、生じなかったものとみなす」ことにより、売却時の税務簿価は上昇し、売却益が減少することになりますが、従来の、多額の「減価償却費」を先に取って、後に売却益とすることで、税率差分だけ得をするというスキームは、使い辛くなることになります。
適用開始年
この規制は、2021年(令和3年)の個人所得税の申告書から適用される予定です。
2020年の申告までは、従来通りの取り扱いとなるものの、翌年から取り扱いが変更されるため、状況に応じて、スキーム変更などを検討する必要があります。
海外不動産投資への規制の対応策
すでに海外不動産を所有している場合、2021年からの新規制適用を前に、対応策の要否を検討する必要があります。
純投資目的の場合
海外不動産保有の主目的が、「損益通算」による節税ではなく、インカムゲインやキャピタルゲインを目的とする純投資であれば、今回の規制の影響は限定的と考えられます。
ただし、日本での課税関係が変更されることから、賃貸収入や譲渡所得について、日本と現地国での二重課税を、極力排除できるよう、外国税額控除などを用いて、適切にマネジメントできるか、再確認が必要です。
海外不動産の法人への移管
今回の規制は、個人の所得税を対象としており、法人税には影響しないため、自ら保有する法人に、海外不動産を移管する方法も考えられます。
ただし、移管は「時価」で行う必要があり、個人側で、一定程度の売却益課税が生じることが想定されます。
日本税務の観点からは、5年以内の「短期譲渡所得」であれば、約40%の「分離課税」となるものの、それよりも高い累進税率で、税メリットを享受していたのであれば、ネットで得をしたことになります。一方、現地国でも、譲渡所得課税が生じる可能性が高く、両国での課税関係について、入念なリサーチが必要です。
また、法人の場合、個人のような「総合課税」「分離課税」の区別はなく、一律で法人税率が課されます。そのため、「デッドクロス」で、将来の税金が増加してしまう問題を、法人として、どのようにマネジメントするのか、新たな検討が必要となります。
まとめ
海外不動産投資により、多額の「減価償却費」を計上し、「不動産所得」の「損益通算」を利用して、節税する方法は、高所得者の間で、比較的メジャーな方法でした。
税制改正大綱の発表により、2021年の個人所得税の申告から、この節税スキームが、規制されることとなりました。
僕が居住するNY郊外でも、日本人オーナーの物件は多く、不動産マーケットへの影響が、予想されます。新規に物件購入する人が減る可能性があると共に、すでに物件を持っている人の、売却によるExit戦略にも、少なからず影響することが、考えられます。
不動産投資において、「損益通算」で「給与所得」の税金を取り戻すことを主目的とするのは、本末転倒なので、海外不動産であっても、税金を含めた通期のCash Flowが十分確保されるかとの観点で、物件選定をすることが重要です。
さて、次回は、個人所得税における、節税の類型について、語りたいと思います。